あき子が、学校から帰って来て、庭で遊んでいると、空から何か降ってきた。晴れているのに、白っぽいものが、さらさらとおりてくる。手でさわってみると、手の平にくっついてきた。驚いたあき子は、
 「お母さん、へんなものが降って来たよ。」
と、家の中に向かって叫んだ。
 晴れていたのに、だんだんとうす暗くなってきた。二階でお蚕(かいこ)の世話をしていたお母さんが、あわてて外に出て来た。
 「たいへんだ、火山灰だよ。」と、言うと、裏の物置から、むしろや、ビニールや紙の袋を持って、畑の方へ走っていった。あき子もお姉ちゃんと一緒に、お母さんの後を追い掛けた。
 「このむしろを菜っ葉の上にかけてね。」と、お姉ちゃんに言うと、お母さんは桑の木に袋をかけ始めた。持ってきた袋がなくなると、家の方へ走っていった。
 お姉ちゃんとあき子は、むしろを畑の端の方から置いていく。あき子が
 「お姉ちゃん、火山灰ってなに?」と、聞くと、
 「山が噴火して、山の中から出て来た灰のことだよ。」と、答えてくれた。
 『どうして出てくるのかなあ?』と、ボーとしていると、
 「あき子、そっちの端をきちんと持って。」と、お姉ちゃんにしかられてしまった。
 上のお姉ちゃんも、お母さんと一緒にむしろを持って走って来た。畑には、家にあるだけのむしろをかけた。桑の木にも袋をかけたが、灰はどんどん降って来た。皆の髪の毛が白くなり、口の中がじゃりじゃりした。
 しばらくすると、だんだんと明るくなり、空からは何も降ってこなくなった。庭や畑は雪が降った時と同じように、灰色になった。
 お母さんが、畑から桑の枝をとって来た。袋をかぶせたのに、葉には灰がくっついていた。揺ってもなかなか落ちない。
 「これじゃあ、お蚕にあげられないね。」と、溜息をつく。そして、井戸端に持っていき、
「これ、皆で洗っておいてね。」と、言うと、又、畑へ桑をとりにいってしまった。
 あき子とお姉ちゃんは、桶に水を汲み、桑の葉を洗い始めた。手でこすってもなかなかおちない。お姉ちゃんが、
 「ひしゃくで、水をかけて!」と、言うので、やってみたがやっぱりおちない。
 「葉の中に入ってしまって、おちないね。」
 「うん」
 「手でこすっても、葉がくしゃくしゃになっちゃうしね。」と、お姉ちゃんが言った。
 そこに、お母さんがやって来て、
 「井戸では、だめだったね。川原へ行って洗ってみようか。」と、言うと、桑の枝を縄でしばり、担いでいった。あき子も、お姉ちゃんと川原へ急いだ。お母さんは、桑の枝を両手でつかみ、川の流れの中に入れて、ふってみた。井戸で洗ったよりはおちてはいるが、ところどころ、こびりついている。
 「これしか、おちないね。」と、言いながら繰返し洗っている。洗った桑の枝は、灰がつかないようにゴザの上に並べて水を切る。
 あき子とお姉ちゃんは、お母さんの所へ桑の枝を運び、洗ったものをゴザの上に並べた。
 何回も、何回も、皆で繰返した。ゴザの上に置いてあった桑の枝を家の土間まで運んだ。その間、誰も口をきかず、もくもくと仕事をしている。あき子もお姉ちゃんも黙って桑を運んでいた。

 その夜食べた、菜っ葉のじゃりじゃり感はいつまでも口の中に残っている。