部屋にお日様の光が、差し込んでいます。おひるを食べたあき子は、日だまりの中で、ごろごろしていました。今日はお姉ちゃんとふたりでお留守番です。食事のかたづけをしてきたおねえちゃんが
「あき子、いいもの見せてあげようか?」
と、言いました。
「なに、いいものって。」
「誰にも、言っちゃあだめだよ。」
「うん、言わないよ。」
「お母さんやお父さんにもだよ。」
「うん、わかった。」
「ほんとうだよ。約束。」と、小指を出し、指きりげんまんをしました。
お姉ちゃんは奥の部屋に行き、大きな箱をかかえて来ました。箱には、布がかぶせてあり、その布の下のほうには金色のふさがついています。
「お姉ちゃん、なにそれ。」
「あき子、布をとってごらん。」と、お姉ちゃんが言ったので、とってみました。中からつるつるとした茶色の箱が出てきました。
「あき子、これは大事なものだから、そっとあつかうんだよ。」と、言い、ふたを開けました。真ん中にまあるちものがあり、わきにくねくねしたヘビみたいなものがあります。
「お姉ちゃん、これ、なに。」と不思議そうに聞くと、
「これは、蓄音機といって、レコードの音を出す機械だよ。」
「レコード?」
「レコードには、いろいろな音楽が入っていて、それを聴くのが蓄音機。」
「よくわかんないよ。」と、言うと、
「聴いてみよ、そうすればわかるから。」と言って、奥の部屋に行き、風呂敷包みを持って来ました。その中から、四角い紙をとり出しました。そして、
「これ、持っていて、」と、お姉ちゃんに言われても、どこを持っていいのかわかりません。二つの角を手でおさえていると、お姉ちゃんが紙と紙の間に手を入れ、中から黒いまるいものを取り出しました。そういえば、ずうと前にお父さんがそれを出していたのを思い出しました。『あ、これがレコードか!』と、思い出しました。蓄音機の真ん中のところにレコードを置きました。そして、お姉ちゃんが、
「あき子、これを回してごらん。」と、箱の側面にある銀色の棒のような物を指差しました。どきどきしながら回してみます。最初は勢いがついてしまい、なめらかに回すことが出来ません。それを見ていたお姉ちゃんが、
「初めてにしては、上手だよ。数を数えるように、ゆっくり、ゆっくり回してみて。」と、言ったので、
「いーち、にーち、さーん・・・・・・」と、声を出しながら、回してみました。なんだかうまくいきそうです。お姉ちゃんもにこにこしています。
わきにあったへびみたいなものを手にとつと、レコードがまわり出しました。そして、
「乱暴にあつかうと、キズがつくからそうと置くんだよ。」といい、レコードの上に針を置きます。
―ジャジャジャジャーン―と大きな音がしました。あき子は、別の部屋にかけだし、ふすまの陰から、
「なに、これ」と、お姉ちゃんに聞くと、
「これは、ベートーベンという人の曲だよ。」
「ベントウベン?」
「ベートーベン」
『ふーん、変な名前』と思いながら、曲を聴いていました。
しばらくすると、お姉ちゃんが別なレコードをかけてくれました。今度はあき子の知っている曲です。
―あきのゆうひに、てるやまもみじ―
おねえちゃんと一緒に、口ずさみました。二番の歌になると、なにか変です。
―た〜に〜の〜な〜が〜れ〜に、ち〜り〜う〜く〜も〜み〜じ〜―
「あき子、早く回して。」、と、お姉ちゃんに言われ、急いで回しました。
―あかやきいろの、いろさまざまに―
やっと元に戻りました。二人で、また一緒に歌います。途中から、お姉ちゃんがちがうメロディーで歌いました。あき子もまねとしようとしましたが、うまく歌えません。
「あき子は、普通に歌えばいいんだよ。」
「どうして?」
「別々なメロディーを歌うから、ハモってきれいになるんだよ。」と、お姉ちゃんが言いました。また、最初からレコードをかけて歌ってみましたが、レコードにつられたり、お姉ちゃんにつられたりして、うまく歌えません。
「あき子、レコードと一緒でいいんだよ。」
と、言うので、一生懸命歌いました。
すると、また、
―ま〜つ〜を〜、い〜ろ〜ど〜る〜―
と、なり、二人で笑い出してしまいました。
「そろそろ、お母さん達が帰ってくるから、かたづけよう。」と、お姉ちゃんが言いました。レコードを紙の間に入れ、風呂敷包みの中にもどります。それをあき子が持ち、蓄音機をお姉ちゃんが持ちました。二人で『もみじ』を歌いながら、奥の部屋まで運びます。
お日様もだいぶ傾いてきました。庭にはお父さんの作った盆栽の紅葉が色ずいています。
あき子の音痴は、あの初めてレコードを聴いたと時からだったのかも知れません。